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『ただの味噌を作る』久米島たいらの味噌

大量生産、大量消費の時代、画一的で安い商品が好まれる現代で、そのこだわりを守り続けている味噌屋があります。

それが、『久米島たいらの味噌』。

久米島に古くから伝わる昔ながらの味にこだわった商品を作り続けています。

 

そのこだわりについて、社長の平良朝幸(たいらちょうこう)さんにお話を伺ってきました。

 

「一番こだわったのは何も入れないこと。とにかく昔のままのみそを作ること。大豆と米と麹と塩だけしか使わず、塩分濃度は一般の味噌の半分ほど。だから、昆布や鰹など、それぞれのだしの特徴を忠実に引き出してくれる味噌だと自負しています。」

昔は久米島各地に味噌屋さんがあり、それぞれ独自の味があったそうです。しかし、大手企業の味噌が市場に出回るようになってから、地域の小さい味噌屋はどんどん、店を閉めてしまいました。

 

「高度成長以降、出汁も全部入った味噌汁が出始めて、流通に乗せるために色が変わらない頑丈な味噌が出来た。昔は各地域に味噌があって、独特の味噌があったんだけど、今は1億人総同一味覚。おふくろの味もみんな同じ。大手の味噌なんてうちの半額だもん。生き残るためには徹底的に『ただの味噌』にこだわるしかない。」

 

たいらの味噌は『生きている味噌』。保存料も着色料も発色剤は一切不使用。熱処理もしていないから酵母が活動し続けているのだそう。そのため、最初は色が薄くて甘い味噌なのですが、だんだん濃い色に変わってコクが出てくるそうです。その昔ながらの味を求めるリピーターさんが多いんだとか。

 

久米島町長も務めたことがある朝幸さんは在職中に他人が唖然とするようなことを実行し続けてきました。

 

「島も企業も同じだけど、他と同じことやっていたら絶対生き残れない。海洋深層水とか日本初のWiFi導入とか、奇抜過ぎていろいろ批判されたけど、そうもしないと生き残れないと思う。」

「自分のモットーは、『人間、やろうと思えば空でも飛べる』、『当たって砕けろ』。この二つだね。」

 

朝幸さんが今最も危惧しているのは地域のコミュニケーションの希薄化。

「今の時代大変よ。全国的な問題だけど、隣の人と交流が無くなって、世代別の交流もなくなって。何件か孤独死もあった。久米島でも、こういう時代になってきている。」

 

この現状を変えるために、地域の伝統芸能を復活させ、伝統文化を介した交流によって地域の結びつきを取り戻そうとしたそうです。実は味噌の役割も同じ。「味噌はユイマールの時代から人をつないでいたものだ」と朝幸さんは言います。

 

「昔は自給自足で、この近辺は全部水田だった。稲刈りしたあとに1年分の味噌を仕込む。そのときに稲刈りの加勢に行って、銭金をもらうのではなく、その家の飯を食べる。その繰り返しで地域を保っていたのよ。その中で飯の上手いところに人が集まる。その決め手が味噌だった。」

古くから人をつないで来た味噌。たいらの味噌が、昔ながらの味噌づくりにこだわり続ける理由はそこにもあるのかもしれません。

 

最後に、島づくりについて一言。

「動きを見せないと何も変わらない。一番ダメなのは傍観者だと思う。人がやることをただ見ているだけなのは、失敗した人よりもずっとダメ。失敗した人は失敗して学んでいるから。自分が出来ることは何かなっていうのを考えて行動しないと。小さなことでいいのよ。こつこつとやっていけば。」

 

大切なものを守るために、こつこつこつこつ、昔ながらの味を作り続けてきた久米島たいらの味噌。『ただの味噌』だけど『ただの味噌』ではない。たいらの味噌の魅力はそんなところにあるのだと思いました。

インタビュー:岡本耕平